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EST. 2026
欧州
軍事ニュース | 欧州・長距離打撃

ドイツ、米製トマホークと地上発射「タイフォン」導入で合意 ― 欧州「長距離打撃の自立」へ

米陸軍の地上発射ミサイルシステム「タイフォン(Typhon/中距離能力MRC)」
画像: 米陸軍の地上発射ミサイルシステム「タイフォン(Typhon=中距離能力 MRC)」。40フィートのトレーラーにMk41垂直発射装置を4セル搭載し、トマホークとSM-6を発射できる(資料写真)。パブリックドメイン, via Wikimedia Commons

2026年7月9日、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相は連邦議会(下院)で、米国製のトマホーク巡航ミサイルと、それを地上から撃つランチャー「タイフォン(Typhon)」を取得することで米政府と合意したと表明した。合意はトルコの首都アンカラで開かれていたNATO首脳会議の傍らでまとまったもので、報じられた規模は最新型トマホーク(ブロックVb)最大400発・総額10億ドル超。メルツ首相はこれを「防衛上の重要な戦略的ギャップを埋める」措置と位置づけた。米軍の欧州縮小が現実味を帯びるなか、欧州各国が「長距離を撃つ手段」を自前でそろえ始めた――その象徴的な一手である。数字と工程を追いながら、この合意が何を意味するのかを整理する。

7/9
メルツ首相が表明(2026年)
最大400発
トマホーク・ブロックVb(報道)
10億ドル超
調達の想定規模
8月
米政府が承認見込み

何が決まったのか ― 3つのポイント

報道と首相の議会答弁を突き合わせると、今回の合意は次の三点に整理できる。第一に、ドイツは地上発射型のトマホークを取得する。艦艇や潜水艦から撃つ従来のトマホークではなく、陸上のランチャーから発射する形態を選んだ点がポイントだ。第二に、その発射母体として米陸軍のタイフォン(Typhon、正式には「中距離能力=Mid-Range Capability, MRC」)を導入する。これは米陸軍が近年欧州での演習にも持ち込んできた移動式ランチャーである。第三に、手続きは段階を踏む。両国は7月7日(火)に取得の意向表明書(レター・オブ・インテント)に署名し、米政府は8月にドイツへの売却を正式承認する見込みだとされる。

メルツ首相は、この調達を「欧州の(防衛)システムを開発し、欧州に配備していく取り組みと並行しつつ、防衛上の重要な戦略的ギャップを埋める」ものだと説明した。裏を返せば、欧州が独自の長距離ミサイルを実戦配備できるまでには時間がかかるため、当面は米国製で穴を埋める――という「時間稼ぎと自立の二段構え」である。

表:タイフォン(MRC)が撃てる2種類のミサイル(公開情報に基づく概略)

ミサイル 種類 推定射程 主な用途
トマホーク巡航ミサイル(対地)約1,600km級とされる地上目標への長距離精密打撃
SM-6多用途ミサイル約200海里(約370km)級とされる対空・対艦・一部弾道目標
表:CRS・専門報道等の公開情報をもとにJSDL整理。射程は各種推定で、搭載弾種・型式により幅がある。今回ドイツが取得するのはトマホーク。

タイフォンとは何か ― 「コンテナ化した垂直発射機」

タイフォンを一言でいえば、軍艦の甲板下にある垂直発射装置(Mk41 VLS)の一部を、そのまま地上に降ろしてトレーラーに載せた兵器システムだ。40フィートの牽引式トレーラーにMk41 VLSの4セルを積み、トラクターで牽いて移動する。海の上でしか撃てなかった艦載ミサイルを、陸上のどこからでも撃てるようにした――その発想の転換が最大の特徴である。1つのシステムで、対地攻撃の主役であるトマホークと、対空・対艦にも使えるSM-6を、同じ発射機から撃ち分けられる。

タイフォンは机上の構想ではなく、すでに実戦部隊に配備され、運用実績を積み始めている。米陸軍は2024年にこのシステムをフィリピンに展開し、2026年5月には同国で初めて実弾を発射したと報じられた。また、米陸軍は欧州での演習にもタイフォンを持ち込んでおり、メルツ首相が「米軍が欧州の演習ですでに使ってきたのと同じ移動式ランチャー」と説明したのは、この経緯を指している。ドイツが「まったく新しい未知の装備」ではなく、実績のあるシステムを選んだ点は、導入判断の後押しになったとみられる。

タイフォンが注目されるもう一つの理由は、その「柔軟さ」にある。同じランチャーからトマホーク(対地)とSM-6(対空・対艦・一部の弾道目標)を撃ち分けられるということは、一つの部隊で複数の任務に対応できるということだ。攻撃にも防御にも使える多用途性は、限られた予算と人員で幅広い脅威に備えなければならない各国軍にとって魅力的に映る。半面、艦艇のように厚い装甲や自己防御手段を持たない地上のトレーラーは、位置が露見すれば攻撃を受けやすい。だからこそ運用では、分散配置と頻繁な移動によって「どこにあるか分からせない」ことが要になる。ドイツがこのシステムをどこに、どう配備・運用していくのかは、今後の焦点になるだろう。

発射されるトマホーク巡航ミサイル
画像: 発射されるトマホーク巡航ミサイル(米海軍資料写真)。ドイツが取得するのは、これを陸上のタイフォンから撃つ地上発射型。パブリックドメイン, via Wikimedia Commons

なぜ今、ドイツは長距離ミサイルを欲したのか

背景には、ヨーロッパの安全保障をめぐる二つの大きな変化がある。一つは、ロシアの脅威が長期化し、欧州が自分たちの領土を自力で守る必要性を痛感していること。もう一つは、これまで欧州の抑止を支えてきた米軍のプレゼンスが、将来的に縮小しうるという不安である。米軍が欧州から兵力や打撃力を引き揚げれば、そこには「長距離を撃てる手段の空白(長距離打撃ギャップ)」が生じる。ドイツが今回、性急にも見えるスピードで地上発射トマホークの取得に動いたのは、この空白を先回りして埋めておこうという計算だ。

この動きはドイツ一国にとどまらない。並行して、英国・ドイツ・イタリア・フランス・ポーランド・スウェーデンといった国々が「欧州による長距離打撃へのアプローチ(European Approach to Long-range Strikes)」の枠組みで、さまざまな射程のミサイルを共同開発する方向で動いている。さらに7月7日には、米ロッキード・マーチンと独ラインメタルが、米陸軍向けの地対地ミサイルATACMS(射程約300km)をドイツ国内で共同生産することを追求すると発表した。「米国製ミサイルを、欧州が自国の工場で作る」時代が、静かに始まりつつある。トマホーク導入は、この大きな潮流の突出した一点なのだ。

欧州「長距離打撃の自立」をめぐる同時進行の動き(2026年7月)

  • ドイツ:米製トマホーク+地上発射タイフォンを取得で合意(7/9表明)。
  • 多国間:英独伊仏ポーランド・スウェーデンが各射程ミサイルを共同開発(European Approach to Long-range Strikes)。
  • 産業:ロッキード×ラインメタルが米ATACMSの独国内共同生産を追求(7/7発表)。
  • 狙い:米軍縮小に伴う「長距離打撃ギャップ」を、当面は米国製で埋めつつ、欧州製の開発・生産能力を育てる。

そもそも、なぜ「地上発射」が欧州に戻ってきたのか

ここで一つ、歴史的な補助線を引いておきたい。トマホークのような射程500〜5,500kmの地上発射ミサイル(中距離ミサイル)は、長らく欧州の地から姿を消していた。冷戦下の1987年、米ソが結んだINF(中距離核戦力)全廃条約が、まさにこの射程帯の地上発射ミサイルを、核・非核を問わず全面的に禁じていたからだ。この条約によって、欧州に配備されていたパーシングII や地上発射トマホーク、ソ連のSS-20などが撤去され、ヨーロッパは「地上発射の中距離ミサイルが存在しない地域」になった。

その枠組みが崩れたのが2019年である。米国は、ロシアが条約に違反するミサイル(9M729)を配備しているとして、INF条約から離脱した。条約の縛りが消えたことで、米国は地上発射の中距離ミサイル――まさにタイフォンから撃つトマホークやSM-6――を再び開発・配備できるようになった。つまり、ドイツが今回導入するトマホークは、技術的には目新しいものではないが、「欧州の地上に中距離ミサイルが戻る」という意味では、約30年ぶりの地殻変動なのだ。それだけに、この配備をロシアがどう受け止め、どう反応するかは、欧州の軍備管理の行方を左右する論点になる。

日本の反撃能力との「相似」

この一件は、遠い欧州の話にとどまらない。実は日本も、同じ方向を向いている。日本は反撃能力(敵基地攻撃能力)の中核として米国製トマホークの取得を決めており、さらに国産の12式地対艦誘導弾の能力向上型や、島嶼防衛用高速滑空弾など、自前の長距離打撃手段を整備しつつある。そして今回ドイツが選んだタイフォンは、米陸軍がインド太平洋で運用し、日本周辺の演習にも展開してきたシステムでもある。つまり、「同盟国が地上発射の長距離ミサイルを持つ」という構図が、欧州と日本で同時に進んでいるのだ。

なぜ、地上発射の長距離ミサイルがこれほど各国に求められるのか。抑止の観点からいえば、相手の領域深くにある基地や司令部、ミサイル発射機を「撃てる」という事実そのものが、相手の攻撃をためらわせる材料になる(=懲罰的抑止)。また、艦艇や航空機と違い、陸上のランチャーは分散して隠しやすく、相手に「どこにあるか分からない」不確実性を強いる。ドイツのトマホーク導入も、日本の反撃能力も、根っこにあるのはこの「長距離を撃てることで相手の計算を変える」という同じ論理である。抑止の考え方そのものについては、本サイトの抑止理論の解説反撃能力の作戦的分析もあわせて読むと、今回のニュースの意味がより立体的に見えてくるはずだ。

留意点 ― 「合意」と「配備」の距離

最後に、冷静に見ておきたい点がある。今回はあくまで取得の「意向表明」と首相による「合意の表明」の段階であり、米政府の正式承認(8月見込み)や、実際の引き渡し・部隊配備までにはなお時間がかかる。調達規模(最大400発・10億ドル超)も現時点では報道ベースの数字であり、正式契約で変わりうる。また、地上発射の中距離ミサイルをドイツ領内に配備することには、ロシアを刺激する・軍拡競争を招くといった議論も国内外にあり、政治的な調整が続く可能性がある。本稿はメルツ首相の議会答弁と複数の国際報道に基づくが、金額・数量・時期の細部は続報で確認したい。確かなのは、「欧州が長距離打撃の手段を自らそろえ始めた」という方向性であり、その流れは日本の安全保障とも地続きだということである。

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この記事を書いた人
河野 通(かわの とおる/Veruhu)

日本戦略防衛研究ラボ(JSDL)主宰。公開情報(OSINT)をもとに、世界の軍事・安全保障情勢を一個人として調査・分析し、発信しています。運営者について →