NATOアンカラ首脳会議が開幕 ― 国防費「5%」は実行段階へ

北大西洋条約機構(NATO)の32か国首脳が7月7日から8日にかけて、トルコの首都アンカラで会議を開く。中心の議題は、昨年の首脳会議で合意した「国防費をGDP(国内総生産)比5%へ」という目標を、各国がどう実現していくかだ。数字そのものは昨年決まった。今年問われるのは、その数字をどう積み上げるかの「計画」である。この記事では、5%という目標を数字の内訳から解きほぐし、なぜ今「実行」が焦点になっているのか、どんな争点が横たわっているのかを整理する。
数字で読む「5%目標」
まず、5%という数字の中身を押さえたい。NATOの32か国は昨年の首脳会議で、国防関連の支出をGDP比5%まで引き上げることに合意した。ただし、この5%は一枚岩の軍事費ではなく、二つに分かれている。3.5%が戦車・戦闘機・ミサイル・部隊といった「中核的な防衛費」。残る1.5%は、道路・橋・港など、有事に部隊や装備を素早く動かすためのインフラや、防衛産業・サイバー防護などの「関連分野」に充てる、という構成だ。純然たる兵器・兵力への支出は3.5%で、残りは軍事を支える広い意味での投資、と理解すると分かりやすい。
図:国防費「5%」の内訳
この5%は、従来の「2%」という目標の2倍以上にあたる。多くの国が長年「2%すら届かない」と言われてきたことを思えば、いかに高いハードルかが分かる。達成の目安は2035年とされ、一足飛びではなく10年ほどかけて段階的に引き上げていく想定だ。NATOの試算では、欧州の加盟国とカナダは2025年と今年の2年間だけで、過去の水準に比べておよそ2,580億ドルを国防に上積みするという。金額の大きさは、この目標が「掛け声」ではなく現実の予算の話であることを物語っている。
「2%」から「5%」へ ― この10年の変化
5%という数字の重みは、これまでの経緯を振り返るとよく分かる。NATOは2014年、ロシアによるクリミア併合を受けて「10年以内に国防費をGDP比2%へ」という目標を掲げた。ところが、その2%ですら長らく達成できない国が多く、負担分担は同盟内の慢性的な火種であり続けた。米国は歴代政権を通じて「欧州はただ乗りしている」と不満を漏らし、欧州側は「数字だけが独り歩きしている」と反発する――そんな構図が続いてきた。
その2%が「最低ライン」として定着しかけた矢先に、ロシアのウクライナ侵攻が状況を一変させた。大陸の安全が現実の脅威にさらされ、欧州各国は自国の備えの薄さを痛感する。こうして昨年、目標は一気に5%へと引き上げられた。従来の2倍以上という数字は、10年前には想像しにくかった水準だ。裏を返せば、それだけ欧州が置かれた安全保障環境が厳しくなった、ということでもある。アンカラ会議は、この「歴史的な引き上げ」を絵に描いた餅で終わらせないための、最初の関門にあたる。
なぜ今「実行」が焦点なのか
目標が昨年決まった以上、今年のアンカラ会議の主眼は「約束を数字にできるか」に移る。NATOのルッテ事務総長は会議を前に、加盟国に対し目標へ向けた「明確で、具体的で、信頼できる計画」を示すよう求めた。裏を返せば、合意はしたものの、いつまでに何にいくら使うのかを詰めきれていない国がまだある、ということだ。ルッテは、計画を示せない国について問われると「一つ二つ、まだ説得が必要な国があるなら、そのための手立てはある」と述べ、含みを残した。
米国の姿勢はより直接的だ。NATO担当の米大使ウィテカーは「トランプ大統領は、すべての同盟国がただちに歩みを進め、緊急性をもって5%への道を進むことを完全に期待している」と語った。昨年の合意を「絵に描いた餅」で終わらせず、今年は履行を迫る――それが米国の一貫した立場である。欧州側の進み具合について、ルッテ自身は「これまでのところ目にする証拠は印象的だ」と一定の評価も示しており、会議は「叱咤」と「評価」が入り混じる場になりそうだ。
会議の底流にある「トランプ要因」
今年の会議を読むうえで欠かせないのが、米国の対欧姿勢の変化だ。トランプ政権は、欧州が自らの防衛により大きな責任を負い、その分だけ米国は他の優先課題へ資源を振り向ける――という考え方を打ち出してきた。国防担当高官が示したこの構想は、しばしば「NATO3.0」とも呼ばれる。米国が同盟から手を引くわけではないが、負担の重心を欧州側へ移すという方向性だ。トランプ大統領は、十分に負担していない加盟国を守らない可能性に言及したこともあり、欧州側には「米国の傘」への不安がくすぶる。5%という高い目標には、こうした米国の圧力を受けて欧州が防衛自立を急ぐ、という背景も透けて見える。
財政という現実の壁
もっとも、目標を掲げることと、財源をひねり出すことは別の話だ。多くの欧州諸国は、社会保障や債務の負担を抱えながら国防費を倍増させる難題に直面している。ロイターの報道は、5%への防衛強化が早くも各国の予算を圧迫し始めていると伝える。欧州安定メカニズム(ESM)は、目標自体は達成可能としつつ、借金に頼った軍拡は「この10年の中心的な財政政策の問題の一つ」になりつつあると警告した。スペインのように、目標には賛同しつつ「それほど多くを支出しなくても必要な能力は満たせる」と留保を付ける国もある。数字の合意の裏で、どう負担を分かち合うかという難しい交渉が続いている。
財政の問題は、突き詰めると国内政治の問題でもある。国防費を倍増させる財源は、増税か、他の予算の削減か、借金のいずれかで賄うしかない。社会保障や医療、教育と国防のどちらを優先するのか――この選択を、各国の政権は有権者に説明しなければならない。ロシアの脅威が身近な東欧諸国では国防費増額への理解が得やすい一方、脅威をやや遠くに感じる国では反発も起きやすい。5%という共通目標の裏には、32か国それぞれの国内事情という、目に見えにくい変数が横たわっている。数字の合意は、各国が国内の合意を取り付けて初めて現実になる。
アンカラ会議の主な争点
- 計画の具体性:各国が5%達成へ向けた「信頼できる工程」を示せるか。
- 米欧の負担分担:米国の関与の重心が欧州側へ移る「NATO3.0」をどう受け止めるか。
- 財政の持続性:債務に頼った軍拡が各国財政に与える負荷。
- ウクライナ支援:継続的な軍事支援と、ロシアによる「ハイブリッド攻撃」への警戒。
開催地アンカラ ― 「橋渡し役」トルコ
今年の会議がトルコの首都アンカラで開かれること自体にも、意味を読み取れる。トルコはNATO加盟国の中でも米国に次ぐ規模の兵力を抱える一方、ロシアとも一定の関係を保ち、黒海をはさんでウクライナとロシアの双方に接する地政学上の要衝に位置する。ウクライナ戦争では、黒海経由の穀物輸出をめぐる交渉やロシア・ウクライナ間の対話の仲介役を担ってきた。西と東、NATOとその外側をつなぐ「橋渡し役」としての立ち位置が、開催地の選定にもにじむ。
会議の成否は、派手な共同声明の文言よりも、各国が持ち寄る「工程表」の中身で測られる。数字を約束することと、国内で予算を通し、産業に発注し、実際に部隊や装備の形にすることの間には、大きな隔たりがある。5%という目標は、その隔たりをこの先10年でどう埋めるかという、長い作業の出発点にすぎない。アンカラでの2日間は、その長い道のりのごく最初の一歩ということになる。
もう一つの狙い ― 産業と装備
会議は数字の議論だけではない。ルッテは、防衛投資の拡大、大西洋をまたぐ防衛産業の生産強化、そしてウクライナ支援を優先課題に挙げている。会期中には数十億ドル規模の新たな防衛契約が発表されると予告されており、増えた予算が具体的な装備の発注へと結びつく段階に入る。象徴的なのが、老朽化したNATOの早期警戒管制機(AWACS)――就役から半世紀近くにもなる空の監視網――を更新する動きだ。会議は、5%という数字を「橋や工場や航空機」という現実の形に変えていく場でもある。
背景には、ウクライナ戦争を通じて欧州が痛感した「弾も装備も足りない」という現実がある。欧州各国政府は、ロシアがウクライナで決定的な勝利を得られないなか、大陸のどこかでハイブリッド攻撃を仕掛ける可能性に警戒を強めている。防衛産業の生産能力を底上げすることは、ウクライナを支え続けるためにも、自らの備えを固めるためにも欠かせない。5%目標は、単なる財政の数値ではなく、こうした「作れる国防」への転換とも結びついている。
日本から見ると
この会議は欧州の話だが、日本にとっても他人事ではない。第一に、負担分担をめぐる米国の圧力という構図は、インド太平洋でも共通するテーマだからだ。米国が同盟国により大きな責任を求める流れは、日本の防衛費増額の議論とも地続きにある。第二に、欧州の防衛産業が生産を拡大すれば、装備の国際的な調達・共同開発の環境が変わり、日本が関わる次期戦闘機(GCAP)のような多国間事業にも影響が及びうる。遠いアンカラの数字の議論は、めぐりめぐって日本の安全保障の環境にもつながっている。会議の結末は、5%という約束がどこまで「計画」として肉付けされたかで測られることになる。数字が独り歩きしないよう、発表される内容を一つずつ確かめていきたい。