独立系安全保障シンクタンク | 情勢分析・研究論文 日本語EN
日本戦略防衛研究ラボ Japan Strategic Defense Research Lab
RESEARCH & ANALYSIS
EST. 2026
ウクライナ特集
連載特集:大きな戦いのトピック | 2022.02

ホストメリ空港の戦い ― 「3日で首都」を崩した48時間

2022年侵攻初期の戦況図
画像: 2022年侵攻初期の支配地域(特集の地図より)。詳細な帰属は特集トップに記載。

2022年2月24日の朝、ロシアの全面侵攻は、地上部隊が国境を越えるのと同時に、首都キーウの北西わずか10キロほどにあるホストメリ(アントノフ)空港へのヘリコプター強襲で幕を開けた。この空港をめぐる最初の48時間の攻防が、「3日でキーウを落とす」というロシアの計画が崩れる最初の一手になった。開戦初日、なぜ空港だったのか。そして、なぜそれは失敗したのか。

なぜ「空港」が最初の標的だったのか

ロシアの狙いは明快だった。首都のすぐ近くにあるホストメリ空港を空挺部隊(VDV)で急襲して確保し、その滑走路に大型輸送機で増援部隊と重装備を次々に空輸する。そして、そこを足がかりに一気にキーウ中心部へなだれ込み、指導部を短期間で無力化する――いわゆる「斬首(decapitation)」作戦である。この構想が成立するには、空港を無傷で押さえ、輸送機が着陸できる状態を保つことが絶対条件だった。

48時間の攻防

初日、ロシアの空挺部隊はヘリボーン(ヘリによる空中機動)で空港に降り立ち、いったんは制圧した。だがウクライナ軍と国家親衛隊はただちに反撃し、その日のうちに空港へ砲撃を加えて奪い返す動きを見せる。激しい戦闘で滑走路は損傷し、ここが決定的だった――大型輸送機による空輸増援ができなくなったのである。増援と補給を断たれたロシア空挺は空港周辺で孤立し、大きな損害を出した。

ロシアは翌日にかけて追加部隊を投入し、最終的に空港の廃墟を占拠する。しかし、そこはもはや「機能する空港」ではなかった。当初描いた「空から首都へ雪崩れ込む」経路は、初日に事実上閉ざされていた。

この空港には、世界最大の輸送機として知られたアントノフ An-225「ムリーヤ」が駐機しており、戦闘のなかで破壊された。二度と飛ぶことのなくなったこの巨人機は、開戦初期の激戦を象徴する存在として記憶されている。

なぜこの失敗が決定的だったのか

空輸の道が断たれた結果、ロシアはキーウ攻略を、ベラルーシから南下する長大な地上部隊に頼らざるを得なくなった。だがその車列は、燃料と補給の停滞、そしてウクライナ軍の待ち伏せによって各所で渋滞し、前進は鈍った。速度を生命線とする「斬首作戦」にとって、時間を失うことは失敗を意味する。ホストメリで数十時間を空費したことは、キーウ包囲全体のテンポを奪い、最終的な撤退(2022年3月末)の遠因となった。

この戦いが教えるもの

ホストメリ空港の戦いは、緒戦の一点の攻防が戦争全体の流れを左右しうることを示す好例だ。ウクライナの素早い初動反撃が、滑走路という一つの要素を「使えない」状態にしただけで、精緻に組み立てられた電撃作戦の前提が崩れた。守る側にとっては、重要拠点を「奪われても、使わせない」ことがいかに効くか。攻める側にとっては、初動の速度と補給の設計がいかに脆いか。開戦初日の空港に、この戦争の性格が凝縮されている。

このトピックのまとめ

  • ロシアは首都近郊のホストメリ空港を空挺で急襲し、空輸で一気に首都へという斬首作戦を狙った。
  • ウクライナの初動反撃で滑走路が損傷し、空輸増援が不能に。空挺は孤立した。
  • 空の経路が閉ざされ、ロシアは停滞する地上車列に依存。「3日でキーウ」計画が崩れる起点となった。
主な出典:ISW | 各種公開報道(2022年2〜3月) | 第2章:全面侵攻とキーウ攻防 →

← ウクライナ特集トップへ戻る

この記事を書いた人
河野 通(かわの とおる/Veruhu)

日本戦略防衛研究ラボ(JSDL)主宰。公開情報(OSINT)をもとに、世界の軍事・安全保障情勢を一個人として調査・分析し、発信しています。運営者について →