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EST. 2026
研究論文 | 戦後史・再軍備

服部グループと旧日本陸軍将校の戦後 ― 戦史編纂・再軍備研究から陸上自衛隊へ

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旧陸軍の中枢参謀たちは、敗戦後に「服部グループ」と呼ばれる知的結社を形成した。史実調査部・服部機関・史実研究所という三つの器を通じて、彼らは何をなし、それは陸上自衛隊にどう流れ込んだのか。本稿は、一次史料と防衛研究所の研究蓄積に基づいて、その実態・成果・帰結を歴史的にたどる。

「反省会」ではなく、制度だった

本稿がまず退けるのは、服部グループを座談的な「反省会」と見る通俗像である。彼らの営みは、戦史編纂・再軍備研究・敗戦の教訓研究を一体で担う、きわめて制度的かつ実務的なものだった。中心にいたのは、太平洋戦争の開戦と主要作戦を主導した旧陸軍参謀本部作戦課長・服部卓四郎(1901―1960)である。

残した三つの大きな成果

全4巻
半公式戦史『大東亜戦争全史』
17項目
敗戦のドクトリン的反省
全102巻
公式戦史『戦史叢書』
1951〜
史実研究所による研究資料

これらはいずれも、服部グループの営みに源を発する。とりわけ『戦史叢書』全一〇二巻は、戦後日本の戦史研究の土台そのものであり、彼らの仕事の射程の長さを物語る。

組織では敗れ、人と思想では生き延びた

本稿が描く最大のドラマは、服部グループの「帰結」である。首魁・服部卓四郎自身は、吉田茂と旧内務官僚の強い警戒に阻まれ、ついに再建される実力組織に入隊できなかった。組織の主導権を握るという野心は挫折したのである。しかし――

井本熊男・西浦進・原四郎・水町勝城・田中兼五郎・稲葉正夫ら多くのメンバーは、幹部あるいは戦史官として陸上自衛隊や防衛庁戦史室に参入し、その作戦思想と史料を後世へ受け渡した。「組織の主導権という点では敗れ、人と思想という点では生き延びた」――これが本稿の見立てる服部グループの帰結である。

陸軍と海軍、敗戦の総括の二つの型

本稿はさらに、旧海軍OBによる「海軍反省会」との比較を通じて、日本軍人の敗戦総括が二つの型をとったことを示す。

陸軍(服部グループ):占領期の同時代に行われた制度研究型。文書と組織で、体系的に敗因を総括した。
海軍(海軍反省会):戦後四〇年を経てからの口述告白型。関係者の証言を録音で残す、回想中心の営みだった。

本稿の結論

  • 服部グループは座談ではなく、戦史編纂・再軍備研究・ドクトリン改革を一体で担った知的結社
  • 成果は『大東亜戦争全史』『戦史叢書』全102巻、17項目の敗戦の反省と、決して小さくない。
  • 服部本人は入隊できずも、思想と史料は陸自・戦史室へ継承された。
  • 敗戦の総括は、陸軍=制度研究型、海軍=口述告白型という二つの型をとった。

この論文を読む意義

「旧軍人がどのように戦後の自衛隊とつながったのか」は、戦後日本の政治史・軍事史の避けて通れない問いである。本稿は、その連続と断絶を、人脈・組織・文書のレベルで具体的にたどる。CIAの視点から旧軍エリートを描いた姉妹編「CIAにマークされた日本軍人たち」と、思想の継承の帰着点を扱う「陸上自衛隊ドクトリンの日米折衷」を併読すると、旧軍から自衛隊への「伏流」の全体像がつかめる。

主要史料:史実研究所研究資料(1951年、防衛研究所図書館蔵)/服部卓四郎『大東亜戦争全史』/防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書』全102巻/防衛研究所・戦史研究センターの公刊研究ほか。
著者:河野 通(Veruhu) | 発表:2026年6月 | 関連論文:陸自ドクトリンの日米折衷 →

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