湾岸諸国、安全保障の「多角化」を加速 ― 2026年イラン戦争で問われる米国の安全保障保証

2026年2月28日に始まった米国・イスラエルとイランの戦争(「2026年イラン戦争」)は、湾岸協力会議(GCC)の産油国に苦い教訓を残した。自国に置いた米軍基地や、空港・エネルギー施設・ホテルといった民間の場所までがイランの報復攻撃にさらされ、6月末には停戦の覚書(MoU)が結ばれたあとも、イランはバーレーンやクウェートに向けてミサイルとドローンを撃った。米国の「盾」は、期待したほど守ってくれなかった――。この経験から、湾岸各国はいま、米国一辺倒だった安全保障を、中国・トルコ・欧州・パキスタンへ「多角化」しつつ、同時にイラン自身との関係を修復するという、二正面の対応を進めている。何が起きているのかを、三つの問いに沿って整理したい。
問い① なぜ湾岸は「米国だけでは足りない」と考え始めたのか
最大の理由は、この戦争で「米軍基地の存在が抑止にならなかった」という実感である。専門家のなかには、むしろ米軍基地があったからこそ、そこが標的になったと指摘する声もある。湾岸に駐留する米軍は、イランの攻撃を防ぎきれなかったばかりか、その基地自体が攻撃を呼び込んだ――というわけだ。クインシー研究所のアネル・シェリーン研究員は、湾岸諸国が「米国との安全保障関係は維持しつつも、米国に依存しきる立場からは離れたがっている」と分析する。
背景には、より長い文脈もある。米国のトランプ政権は2025年の国家安全保障戦略で「中東はもはや地政学上の最優先ではない」との立場を示し、外交・軍事の資源を自国の周辺(西半球)などへ振り向ける方針を打ち出していた。さらに2025年には、イスラエルが米国の「主要な非NATO同盟国」であるカタールの首都ドーハを空爆する事件も起きている。「守ってくれるはずの米国」の関与が細っていくなかで、湾岸各国は自らの安全を自分たちで確保する必要に迫られているのだ。

もう一つ、湾岸の不信を深めたのが「ホルムズ海峡の封鎖」という経験である。イランは報復のなかで、世界の海上原油輸送の要衝であるホルムズ海峡を一時的に閉ざす動きに出た。産油国である湾岸諸国にとって、原油の積み出しルートを隣国に握られることは死活問題だ。米軍がこの海峡の安全を保障してくれるはずだったのに、実際には封鎖と攻撃を止められなかった――この落差が、「米国という単一の後ろ盾」への疑念を決定的にした。専門家はこの一連の事態を、GCC加盟国にとって「前例のない安全保障上の危機」を生んだと評している。
問い② 湾岸は誰と組もうとしているのか
多角化の相手は一つではない。専門家の指摘や公開情報を整理すると、湾岸諸国は複数の方向に同時に手を伸ばしている。第一にパキスタン――サウジアラビアは戦争前の2025年9月、核保有国であるパキスタンと相互防衛協定を結んでおり、この枠組みは他の地域国へ広がる可能性がある。第二に、サウジ・トルコ・エジプト・パキスタンからなる「クアッド(四か国)」のような地域協力の場づくり。第三に、以前から続く欧州からの装備調達と、中国・ロシアとの友好関係の維持。アラブ湾岸諸国研究所のアナ・ジェイコブス・カラフ氏は、これらは「米国をパキスタンに置き換えることではなく、パートナーを多角化し、より大きな地域の自律性を育てること」だと説明する。狙いは米国との決別ではなく、「米国に頼りきらないための選択肢を増やすこと」である。
なかでも注目されるのが、サウジアラビアとパキスタンの相互防衛協定だ。パキスタンは核兵器を保有する唯一のイスラム国家であり、「核の傘」に近い保障を、米国以外の相手から得ようとする動きとも読める。もっとも、パキスタンの核が実際にサウジをどこまで守るのかは不透明で、専門家も「米国をパキスタンに置き換えるものではない」と釘を刺す。あくまで選択肢を増やし、地域の勢力均衡のなかでイランとイスラエルの双方に対して立ち位置を確保するための一手、という位置づけだ。一方で中国は、湾岸にとって最大の原油の買い手であり、2023年にはサウジとイランの国交正常化を仲介した実績もある。安全保障の「保証人」としてよりは、経済と外交の梃子として、中国の存在感が静かに増している。
湾岸「安保多角化」の主な動き(2025〜2026年)
- 対パキスタン:サウジが核保有国パキスタンと相互防衛協定(2025年9月)。
- 地域枠組み:サウジ・トルコ・エジプト・パキスタンの「クアッド」構想。
- 装備調達:欧州からの防衛システム購入を継続。
- 大国関係:中国・ロシアとの友好を維持しつつ、深化を模索。
- 対イラン:敵対と並行して、経済で結びつく「関係修復」も追求。
ここで一つ、時系列を整理しておきたい。今回の戦争は2026年2月28日に米国・イスラエルとイランのあいだで始まった。戦火は湾岸諸国にも飛び火し、米軍が駐留する基地や、空港・エネルギー施設・ホテルといった民間の場所までがイランの攻撃対象になった。6月末には米イランが停戦の覚書(MoU)を結んだが、その後もイラン軍――とりわけ革命防衛隊(IRGC)――はバーレーンやクウェートへミサイルとドローンを撃ち込むなど、小競り合いが続いている。しかも湾岸諸国が脅威と感じているのはイランだけではない。2025年にはイスラエルがカタールの首都ドーハを空爆する事件も起きており、多くの湾岸国はイスラエルの強硬な姿勢もまた地域の不安定要因とみなしている。つまり湾岸は、イランとイスラエルという二つの方向から圧力を感じており、そのどちらに対しても米国が十分な「守り」を提供してくれなかった、という不満を抱えているのだ。
問い③ なぜ敵だったイランと関係を修復するのか
一見矛盾して見えるが、これが今回の動きで最も興味深い点だ。攻撃を受けた当のイランに対して、湾岸各国は関係を断つのではなく、むしろ経済で結びつこうとしている。理屈はこうだ――湾岸とイランの経済的利害が深く絡み合えば、イランは湾岸を攻撃する前に二度考える。武器よりも投資のほうが、抑止として効くかもしれない、という発想である。専門家は、電力インフラの相互接続などを通じて「湾岸を攻撃するコストをイランにとって高くする」戦略だと指摘する。米国のバンス副大統領も、アラブ首長国連邦(UAE)がイラン革命防衛隊(IRGC)とかつてない経済対話を行っていると証言している。
つまり湾岸諸国は、パキスタンや欧州との安全保障協力という「ハードな多角化」と、イランとの経済的な相互依存という「ソフトな抑止」を、同時に走らせている。米国という単一の後ろ盾に依存する構図から、複数の関係を張りめぐらせて自らのリスクを分散する構図へ――湾岸の安全保障観が、静かに、しかし確実に変わりつつある。
この「敵とも組む」姿勢は、湾岸外交の伝統でもある。湾岸産油国はこれまでも、米国を安全保障の柱に据えつつ、経済では中国と深く結びつき、ロシアとも産油国どうしの協調(OPECプラス)を通じて友好関係を保ってきた。単一の大国に運命を委ねず、複数の大国と等距離で付き合いながら実利を取る――こうした「ヘッジング(保険をかける)」の巧みさが、湾岸の生き残り戦略だった。2026年のイラン戦争は、その保険の対象を、安全保障の領域にまで一段と広げるきっかけになったといえる。米国が担ってきた「唯一の保証人」という役割が薄れるなかで、湾岸各国はより多くの相手に少しずつ賭ける方向へ動いているのだ。
日本への含意 ― エネルギー安保の「揺れ」を読む
この動きは、資源を中東に頼る日本にとって他人事ではない。日本の原油輸入の大半は、ホルムズ海峡を通ってペルシャ湾から運ばれてくる。イランがこの海峡の封鎖をちらつかせ、湾岸の産油施設が攻撃対象になった今回の戦争は、日本のエネルギー安保にとって直接のリスクだ。ホルムズ海峡というチョークポイントの重要性と日本への影響については、別稿「米イランのドーハ協議」でも触れているので、あわせて読むと今回の構図が見えやすい。
さらに広く見れば、湾岸の「米国に頼りきらない」という選択は、同盟国が自らの防衛能力を高め、パートナーを多角化していくという、世界的な潮流の一部でもある。欧州が長距離打撃や早期警戒能力を自前でそろえ始めた動き(NATOのグローバルアイ選定など)とも、根っこは通じている。米国のプレゼンスが相対的に細っていくなかで、各地域が自助と多角化に動く――その大きな地図のなかに、湾岸の変化も位置づけられる。
留意点 ― 見通しの不確実性
最後に付け加えておきたい。本稿は複数の専門家の見解と国際報道に基づくが、湾岸諸国の「多角化」がどこまで実体を伴うかは、まだ見通せない部分が大きい。米国との安全保障関係は依然として湾岸の基盤であり、多角化は「補完」であって「置き換え」ではない、という点は専門家も強調している。米イランのMoU(覚書)による停戦も、なお脆弱で、小競り合いが続いている。イスラエルの動向という「大きな不確定要素」もある。数字や合意の細部は続報で確認したいが、確かなのは、2026年のイラン戦争が湾岸諸国に「米国だけには頼れない」という教訓を残し、その安全保障観を動かしつつある、という方向性である。