米陸軍ドクトリンの半世紀 ― アクティブ・ディフェンスからマルチドメイン作戦へ
米陸軍の『作戦(Operations)』教範は、この半世紀のあいだ、およそ10年に一度のペースで書き換えられてきた。番号こそ「FM 100-5」から「FM 3-0」へと変わったが、この一冊は常に、米陸軍が「次の戦争をどう戦うか」を凝縮した基幹(キャップストーン)ドクトリンであり続けている。アクティブ・ディフェンス、エアランド・バトル、フルスペクトラム作戦、統合地上作戦、そして現在のマルチドメイン作戦(MDO)――名前が変わるたびに、想定する敵も、戦場も、部隊の動かし方も塗り替えられてきた。本稿では、この基幹教範の改訂史を年表でたどりながら、なぜ軍隊は「教範を書き換え続ける」のか、そしてその変遷が、南西シフトと領域横断作戦に舵を切った自衛隊とどう併走しているのかを整理したい。個々の版の原文すべてを照合できたわけではないため、入手・確認できた一次資料と信頼できる二次資料の範囲での見取り図であることを、あらかじめお断りしておく。
この記事の要点
- 米陸軍の『作戦』教範は「想定する敵」が変わるたびに書き換えられてきた。ソ連機甲軍(1970〜80年代)→冷戦後の多様な脅威(1990〜2000年代)→対テロ・安定化作戦(2000年代後半)→中露との大国間競争(2010年代後半以降)という流れである。
- 1982年のエアランド・バトルは、縦深にわたる敵を陸空一体の機動で撃つ思想で、湾岸戦争(1991年)の圧勝で「成功したドクトリン」として記憶された。
- 2001〜2011年は、対テロ戦争を背景に「攻撃・防御・安定化を同時に行う」フルスペクトラム作戦と、それを束ねる統合地上作戦へと重心が移った。
- 2017年以降、米陸軍は再び大規模戦闘作戦(LSCO)に回帰し、2022年にマルチドメイン作戦を基幹ドクトリンとして正式化。2025年3月に最新版が出た。
- 自衛隊の「領域横断作戦」構想は、この米陸軍のMDOと相互に影響し合いながら形づくられており、教範史の理解は日米共同運用を読み解く土台になる。
そもそも「ドクトリン」とは何か ― なぜ教範を書き換え続けるのか
「ドクトリン(doctrine)」は、日本語では「教義」「基本原則」などと訳される。軍隊にとってのドクトリンとは、部隊がどう考え、どう戦うかについての公式な基本的考え方であり、それを条文の形にまとめたものが「教範(フィールド・マニュアル=FM など)」だ。ドクトリンは法律のように厳密に守るべき規則ではなく、「権威をもって指針を与えるが、判断に際しては適用に思考を要するもの」と位置づけられる。つまり、現場の指揮官が状況に応じて考えるための共通の出発点であり、共通言語である。
ではなぜ、軍隊はこの共通言語を10年ごとに書き換えるのか。理由は単純で、「次に戦う相手」と「使える技術」が変わるからだ。想定する敵が重装甲のソ連軍なのか、市街に紛れる武装勢力なのか、宇宙やサイバー空間まで使いこなす大国なのかによって、部隊の編成・訓練・装備の優先順位はまるで違ってくる。教範を改訂するという作業は、単なる文書更新ではなく、その時代に軍が「何を脅威とみなし、どこに資源を振り向けるか」という戦略判断そのものの表明でもある。米陸軍の場合、この基幹教範の改訂を主導してきたのが、1973年に新設された訓練・ドクトリン・コマンド(TRADOC)である1。以下では、その半世紀の軌跡を四つの時代に分けてたどる。
もう一つ押さえておきたいのは、基幹ドクトリンの改訂が「文書一冊の書き換え」で終わらないことだ。米陸軍では、ドクトリン(教義)を頂点に、それに合わせて訓練の内容、部隊の編制、装備の要求、人材育成、施設までが連動して見直される。基幹教範が「次はこう戦う」と宣言すれば、その思想に沿って演習が組み替えられ、必要な装備が調達され、幹部教育の教材が書き換わる。だからこそ、10年に一度の改訂は組織全体を動かす号砲になる。逆にいえば、ドクトリンと現実の脅威がずれたまま放置されると、訓練も装備も「時代遅れの戦争」に最適化されたままになってしまう。米陸軍が痛みを伴いながらも教範を書き換え続けてきたのは、この「ずれ」を恐れたからにほかならない。
第一の時代:ソ連の影 ― 1976年アクティブ・ディフェンスと1982年エアランド・バトル
物語はベトナム戦争の後から始まる。泥沼の対ゲリラ戦を経た米陸軍は、1970年代、視線をヨーロッパ中央正面へと戻した。そこにあったのは、数で圧倒的に勝るワルシャワ条約機構の機甲部隊である。TRADOC初代司令官ウィリアム・デピュイ大将のもとでまとめられた1976年版『FM 100-5 作戦』は、この脅威に応える最初の答えだった。中東の第四次中東戦争(1973年)で対戦車ミサイルが戦車を次々に撃破したことに衝撃を受けた同版は、火力を集中して防御地域の要所で敵を撃ち減らす「アクティブ・ディフェンス(積極防御)」を打ち出す2。近代兵器の破壊力を前提に、まず「最初の戦い(first battle)」に勝つことを重視した点が特徴だった。
ところがこの版は、米陸軍内部から強い批判を浴びる。火力による消耗を重んじるあまり守勢的・受動的にすぎ、縦深に展開するソ連軍の第2梯団・第3梯団にどう対処するのかが弱い、というのだ。この反省から生まれたのが、TRADOC第2代司令官ドン・スターリー大将が主導した1982年版『FM 100-5』の「エアランド・バトル(AirLand Battle)」ドクトリンである3。なお「エアランド・バトル」という語自体は1976年版の第8章(陸空共同の手順)に初めて現れており、思想として本格的に体系化されたのが1982年版だった、と当時の版を読み込んだ実務家は証言している4。
エアランド・バトルは、敵の前線だけでなく、後方に控える梯団までを空軍力・長距離火力で同時に叩く「縦深戦闘(deep battle)」の発想を軸に据えた。そして、この構想を支える四つの基本原理(テネット)を掲げる。これらは単なる標語ではなく、その後の米陸軍の思考様式そのものを規定した。
敵に反応を強い、主導権を握り続ける
時間・空間・戦力の奥行きを使い、前線から後方まで戦う
敵より速く考え、動き、態勢を切り替える
諸兵科・各領域の行動を時間と場所で噛み合わせる
もう一つ、エアランド・バトルが米陸軍に残した決定的な遺産が「作戦次元(operational level of war)」という概念の導入である。それまで曖昧だった「戦術(個々の戦闘)」と「戦略(国家目標)」の間に、戦域全体で諸作戦を連携させて戦略目標に結びつける層があると明確に位置づけたのだ。この作戦次元の思考を担う人材を育てるため、1983年には陸軍指揮幕僚大学に高等軍事研究大学院(SAMS)が設けられ、その設立にはフバ・ヴァス・デ・チェゲ大佐が中心的な役割を果たした4。エアランド・バトルは1986年版でさらに洗練され、その真価は1991年の湾岸戦争「砂漠の嵐」作戦で、イラク軍を短期間で圧倒した米軍の機動戦として、劇的な形で証明されたと広く受け止められた。この「成功体験」が、以後の米陸軍ドクトリンの一つの基準点になっていく。
第二の時代:冷戦後の漂流 ― 1993年・2001年・2008年
だが、その湾岸戦争が終わるころには、前提そのものが崩れていた。1991年にソ連が消滅し、「主敵」がいなくなったのである。ドクトリンは、明確な敵を失った時代の航海に乗り出す。1993年版『FM 100-5』は、湾岸戦争の教訓を取り込みつつ、対象を特定の敵国から「多様な事態」へと広げ、平和維持や人道支援を含む「戦争以外の軍事作戦(OOTW)」を正面から扱った。米陸軍は、大規模な正規戦だけでなく、より曖昧で多様な任務にも対応する枠組みを模索し始める。
この模索は、2001年に大きな節目を迎える。米陸軍は教範の付番体系を統合ドクトリンに合わせて刷新し、半世紀にわたって親しまれた「FM 100-5」の番号を廃し、新たに『FM 3-0 作戦』として基幹教範を出した5。ここで打ち出されたのが「フルスペクトラム作戦(Full Spectrum Operations)」という考え方だ。従来のように「戦争か、それ以外か」を二分するのではなく、攻撃・防御・安定化・支援という性質の異なる行動を、一つの作戦のなかで同時並行的に組み合わせる――という発想である。皮肉なことに、この教範が出た2001年こそ、9.11同時多発テロが世界を変えた年だった。
アフガニスタン・イラクでの長い戦いを経て、2008年に出た改訂版『FM 3-0』は、2001年以来の大改訂と呼ばれた6。最大の変化は、それまで攻撃・防御の「後始末」のように扱われがちだった「安定化作戦(stability operations)」を、攻撃・防御と対等の位置に引き上げたことだ。戦闘で敵を倒すだけでなく、その後に治安を回復し、統治を立て直す活動こそが、現代の紛争では勝敗を分ける――対反乱(COIN)の時代を象徴する重心の移動だった。この時期には、2006年の対反乱教範『FM 3-24』が、イラク戦争のさなかに異例の注目を集めたことも記憶に新しい。
第三の時代:再編 ― 2011年統合地上作戦とドクトリン2015
2011年、米陸軍は教範の体系そのものを整理し直す。膨れ上がった多数のFMを、より簡潔な「陸軍ドクトリン刊行物(ADP)」と、それを補う「陸軍ドクトリン参考刊行物(ADRP)」に再編する「ドクトリン2015」の取り組みである。この一環として、基幹概念も「フルスペクトラム作戦」から「統合地上作戦(Unified Land Operations=ULO)」へと衣替えした。2011年10月に出た『ADP 3-0 統合地上作戦』は、その中核思想を「主導権を握り、それを保持・活用して、統合部隊の一部として陸上において決定的な優位を獲得する」ことと定義した7。
ULOは、まったく新しい発想というより、エアランド・バトルの機動と主導の思想、そしてフルスペクトラム作戦の同時性の思想を統合し、整理し直したものと理解できる。実際、ある研究はULOを「その中核思想はエアランド・バトルに根ざし、フルスペクトラム作戦の主要な考え方の多くを保持している」と評している8。同じ2012年には、指揮の思想をまとめた『ADP 6-0 ミッション・コマンド(任務指揮)』も整備された。この任務指揮の系譜については本サイトの別稿で詳しく扱っているので、あわせて参照してほしい9。ただし、この再編が進む2010年代前半、世界の力学は静かに、しかし決定的に変わりつつあった。ロシアは2014年にクリミアを併合し、中国は南シナ海で人工島の造成を加速させていた。米陸軍が対反乱と安定化に資源を注いでいた間に、大国はふたたび、正面から戦える軍隊を鍛え直していたのである。
第四の時代:大国間競争への回帰 ― 2017年FM 3-0の復活からMDOへ
変化を象徴したのが、2017年の「FM 3-0の復活」だった。2011年にいったん基幹教範の座を『ADP 3-0』に譲っていた『FM 3-0 作戦』が、6年ぶりに刷新されて戻ってきたのである。専門誌『ミリタリー・レビュー』は、この復活を論じた記事で「米陸軍がFM 3-0を廃してADP 3-0を出した2011年当時、世界は今とは違う場所だった」と切り出し、時代が再び大規模な地上戦への備えを要求していることを強調した10。新しい『FM 3-0』の焦点は明確だった。対等・ほぼ対等の敵、すなわちロシアと中国を念頭に置いた「大規模戦闘作戦(Large-Scale Combat Operations=LSCO)」への回帰である。対反乱の20年で薄れかけた、師団・軍団規模の正規戦を戦う筋肉を、取り戻そうという号令だった。
この回帰と並行して育っていたのが「マルチドメイン」の思想だ。2017年に「マルチドメイン・バトル」という概念が提唱され、それを発展させる形で、2018年12月にTRADOCは概念文書『TRADOCパンフレット525-3-1 ―2028年のマルチドメイン作戦における米陸軍』を公表する11。この文書が正面から見据えたのは、中国とロシアが築く「重層的な接近阻止(レイヤード・スタンドオフ)」――長射程のミサイルや防空網、電子戦、宇宙・サイバー能力を組み合わせ、米軍を遠方に締め出す仕組み――だった。その解を、同文書は「あらゆる領域(陸・海・空・宇宙・サイバー)の能力を、迅速かつ継続的に統合し、相対的優位を生み出して活用すること」に求めた。もっとも、この概念文書には陸軍内部からも建設的な批判が寄せられており、エアランド・バトルの設計者の一人であるヴァス・デ・チェゲ退役准将は、概念の論理構成や敵の想定について踏み込んだ論評を残している12。ドクトリンが概念段階から批判的検討を経て磨かれていく過程は、この時代も変わらない。
そして2022年10月、概念は正式なドクトリンに昇格する。同月に出た改訂版『FM 3-0 作戦』が、マルチドメイン作戦(MDO)を米陸軍の基幹的な作戦概念として位置づけたのだ13。MDOは「統合部隊指揮官のため、統合・陸軍の能力を諸兵科連合で運用し、相対的優位を生み出して活用し、目標を達成し、敵部隊を撃破し、成果を確定する」ものと定義される。武力紛争の閾値の下(=競争段階)から、実際の戦闘、そして成果の確定までを一続きの「競争の連続体」として捉える点に、この時代の特徴が表れている。さらに2025年3月には、約290ページに及ぶ最新版の『FM 3-0』が公表され、通常戦と非正規戦の関係整理などが一段と精緻化された14。半世紀前、ソ連の機甲軍に対抗するために縦深を撃つことを説いた教範は、いまや宇宙・サイバー・電磁波までを含む五つの領域で優位を争う思想へと拡張されたのである。
MDOは、条文のなかだけの理念ではない。それを担う具体的な部隊も編み出されている。米陸軍は2017年以降、「マルチドメイン任務部隊(MDTF)」と呼ばれる新型の部隊を編成した。これは、長射程の火力に加え、宇宙・サイバー・電子戦・情報の能力を一つの部隊に束ね、敵の接近阻止網の内側を撃ち抜くことを狙う実験的な編制である。冒頭とこのページの写真にあるHIMARS(高機動ロケット砲システム)のような長距離精密火力は、その最も分かりやすい要素だが、MDOが目指すのは単なる砲の射程延伸ではない。宇宙からの目標情報、電磁波での妨害、サイバーでの撹乱を時間軸で噛み合わせ、「見つけて、撃ち、効果を確定する」一連の流れ(キルチェーン)を、複数領域をまたいで高速で回すことにある。トマホークやSM-6を地上から発射する「タイフォン」中距離ミサイルや、極超音速の「ダークイーグル」といった新装備の配備も、このドクトリンを物理的に裏づける取り組みだ。ドクトリンが先に思想を描き、装備と編制が後からそれを形にしていく――教範史と装備史は、こうして常に対になって進んできた。
一覧で見る ― 半世紀の変遷
比較表 ― 時代ごとに何が変わったか
| 時代 | 基幹概念 | 主に想定した敵 | 戦場の広がり |
|---|---|---|---|
| 1976 | アクティブ・ディフェンス | ソ連・ワルシャワ条約機構の機甲軍 | 陸・空(欧州中央正面) |
| 1982–86 | エアランド・バトル | 同上(縦深の梯団を含む) | 陸・空(縦深戦闘) |
| 1993 | (多様な事態への拡大) | 特定せず・多様な地域紛争 | 陸・空+平和維持等 |
| 2001 | フルスペクトラム作戦 | 正規・非正規の混在 | 攻撃・防御・安定化・支援 |
| 2008 | フルスペクトラム作戦(安定化重視) | 反乱勢力・非対称の脅威 | 安定化作戦を対等に |
| 2011 | 統合地上作戦(ULO) | 幅広い脅威(体系の整理期) | 陸上での決定的優位 |
| 2017– | LSCO回帰 → MDO | 中国・ロシア(大国間競争) | 陸・海・空・宇宙・サイバー・電磁波 |
この表を眺めて見えてくるのは、ドクトリンが「振り子」のように動いてきたことだ。大国との正規戦(ソ連、そして中露)と、それ以外の多様な任務(地域紛争、対テロ・安定化)との間を、時代の要請に応じて重心が行き来している。そして興味深いことに、最も新しいMDOは、単なる最先端というより、エアランド・バトルの「縦深」「同期」「主導」といった古典的な原理を、宇宙・サイバー・電磁波という新しい領域に翻訳し直したものとしての性格を色濃く持つ。ドクトリンの歴史は、まったくの断絶ではなく、過去の思想を組み替えながら受け継ぐ営みでもある。
日本への含意 ― 自衛隊「領域横断作戦」との併走
この米陸軍の変遷は、日本にとって他人事ではない。自衛隊、とりわけ陸上自衛隊の防衛構想も、この半世紀、時代の脅威に合わせて呼称を変えながら進化してきたからだ。1976年の防衛計画の大綱が掲げた「基盤的防衛力構想」に始まり、「動的防衛力」(2010年)、「統合機動防衛力」(2013年)、「多次元統合防衛力」(2018年)へと重心を移し、2022年の国家防衛戦略では「領域横断作戦」を中核に据えるに至った。宇宙・サイバー・電磁波を含む複数領域を横断して戦うというこの発想は、米陸軍のMDOと、名称も中身も明らかに響き合っている。
もちろん、両者は同じではない。米陸軍が世界規模で大国間競争を戦う陸上部隊のためのドクトリンを描くのに対し、自衛隊の構想は、南西諸島という具体的な地理と、専守防衛という制約のなかで組み立てられている。それでも、日米が共同でこの領域横断の戦いに臨む以上、米側が「MDO」という言葉で何を意味しているのか、それがどんな歴史的経緯を経て今の形になったのかを理解しておくことには、実務上の意味がある。相手の教範の系譜を知らないまま「同じマルチドメインだ」と早合点すれば、共同計画の細部で認識のずれが生じかねない。自衛隊のドクトリンが、対ソ北方重視から南西シフトへ、そして日米折衷の色を深めながら変わってきた過程は、本サイトの研究論文でも扱っている15。米陸軍の教範史と読み合わせることで、日米それぞれが「次の戦争」をどう思い描いているのかが、より立体的に見えてくるはずだ。
おわりに ― 教範史は「軍隊の自画像」の変遷
半世紀にわたる米陸軍ドクトリンの変遷をたどると、それが単なる技術更新の記録ではないことがわかる。教範に何を書くかは、その時代に軍隊が「自分は誰と、どこで、何のために戦う組織なのか」をどう定義したかの表明であり、いわば軍隊の自画像の変遷である。ソ連の機甲軍に怯えた時代、主敵を失って漂流した時代、市街の反乱に手を焼いた時代、そして再び大国と向き合う時代――そのつど、米陸軍は自らの姿を描き直してきた。
本稿はあくまで、入手・確認できた公開資料の範囲での見取り図にとどまる。1976年・1982年・1993年といった古い版の原文すべてを直接照合できたわけではなく、その部分は信頼できる二次資料と、当時を知る実務家の証言に依拠している。個々のドクトリンの評価――たとえばMDOが本当にエアランド・バトルほど「うまく機能する」のか――については、専門家の間でも議論が続いており、断定は避けたい。それでも、教範という「建前」を年代順に読み解く作業は、一つの軍隊が世界の変化をどう受け止め、次の戦争をどう思い描いてきたのかを知る、確かな手がかりになる。そして日本の防衛を考える私たちにとっても、同盟国の思考の変遷を丁寧に追うことは、自らの構想を鍛え直す鏡になるはずだ。
脚注・参考文献
- 米陸軍訓練・ドクトリン・コマンド(TRADOC)は1973年に新設され、以後『作戦』教範の改訂を主導してきた。ドクトリンの定義(「権威をもって指針を与えるが、適用に判断を要する」)は、米陸軍の各版『作戦』教範に共通する規定に基づく整理。 ↩
- Headquarters, Department of the Army, FM 100-5, Operations, 1976(アクティブ・ディフェンス)。1976年版・1982年版とも現在は廃止(rescinded)されており、本稿は原文の全文照合ではなく、後述の二次資料・実務家の証言に依拠する(限界として明記)。 ↩
- Headquarters, Department of the Army, FM 100-5, Operations, 1982(エアランド・バトル。スターリーTRADOC司令官が主導)。1986年版で改訂。 ↩
- David Maxwell(退役米陸軍大佐)による論評「Army FM 3-0 (March 2025)」Small Wars Journal, 2025年4月13日。1976年版第8章での「エアランド・バトル」語の初出、1982年版での体系化、デピュイ/スターリー/ヴァス・デ・チェゲら中心人物の役割について証言している。作戦次元の概念導入と高等軍事研究大学院(SAMS)の1983年設立(初代ディレクター=ヴァス・デ・チェゲ)は、米陸軍のドクトリン史・SAMS沿革として広く記録されている事実でもある。 掲載ページ ↩ ↩
- 米陸軍が2001年に付番体系を刷新し『FM 100-5』を『FM 3-0 作戦』へ改めた経緯と、フルスペクトラム作戦の導入について。U.S. Army, "U.S. Army doctrine adapts to fit changing needs, requirements," Army.mil, 2007. 記事 ↩
- Association of the United States Army(AUSA), "Revolution in Army Doctrine: The 2008 Field Manual 3-0, Operations," Torchbearer Issue Paper, 2008.(2001年以来の大改訂・安定化作戦の格上げ) 全文PDF ↩
- Headquarters, Department of the Army, ADP 3-0, Unified Land Operations, 10 October 2011.(統合地上作戦の定義) 全文PDF ↩
- Kevin Benson, "Unified Land Operations: The Evolution of Army Doctrine for Success in the 21st Century," 2012.(ULOの中核思想がエアランド・バトルに根ざし、フルスペクトラム作戦の主要な考え方を保持していると論じる) ↩
- JSDL分析「『任務指揮』とは何か ― 米陸軍ADP 6-0と陸自『指揮の要訣』」。ADP 6-0(2012年制定・2019年改訂)の系譜を扱う。記事へ ↩
- Clinton J. Ancker III & Michael A. Scully, "The Return of U.S. Army Field Manual 3-0, Operations," Military Review, November-December 2017.(大規模戦闘作戦への回帰) 掲載ページ ↩
- U.S. Army Training and Doctrine Command, TRADOC Pamphlet 525-3-1, The U.S. Army in Multi-Domain Operations 2028, 6 December 2018.(重層的な接近阻止への対処) 全文PDF ↩
- Huba Wass de Czege(退役米陸軍准将), "Commentary on 'The US Army in Multi-Domain Operations 2028'," U.S. Army War College Press, 2020.(概念文書への建設的批判) 掲載ページ ↩
- Headquarters, Department of the Army, FM 3-0, Operations, 1 October 2022.(マルチドメイン作戦を基幹の作戦概念として正式化) armypubs公式PDF ↩
- Headquarters, Department of the Army, FM 3-0, Operations, March 2025(最新版・発効日2025年3月21日・約290ページ規模。頁数は版・体裁により表記に幅がある)。 armypubs公式PDF ↩
- JSDL研究論文「陸自ドクトリンの日米折衷」(防衛力構想の変遷=基盤的防衛力→動的防衛力→統合機動防衛力→多次元統合防衛力→領域横断作戦、と米陸軍教義との接点)。解説ページ ↩
※ 本文は入手・確認できた公開資料の範囲で構成した。1976年・1982年・1986年・1993年の各版『FM 100-5』は現在いずれも廃止版であり、原文の全文照合ではなく、専門誌・実務家の証言・二次研究に依拠した記述を含む。個々のドクトリンの評価や、概念間の連続性の解釈には専門家の間でも議論があり、本稿は断定を避けている。より厳密な検証は、各版の原本(一部はNARA等に所蔵)と当時の部内議論の照合を要する。